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リスカを止められない自分を責めてしまう夜に|匿名・オンラインで聞きます

また、やってしまった。そう思いながら、自分を責めている夜かもしれません。「やめたいのにやめられない」「こんな自分は情けない」——そんな気持ちで、この記事にたどり着いたのではないでしょうか。

ここでは「やめなさい」とは言いません。あなたがどうしてそうするのか、その背景にどれだけのものを抱えてきたのか、画面のこちら側からは簡単には分かりません。ただ、止められない自分を夜中にひとりで責めている、その状態がどれほどしんどいかは、想像することができます。

この文章は、答えを出すためのものではありません。眠れない夜に、少しだけ誰かの気配を感じてもらえたらと思って書いています。

「やめたい」と「やめられない」が同居していてもいい

自分を傷つけてしまう行為について、世の中には「やめるべき」という声があふれています。でも、検索してここまで来たあなたは、そんなことはとっくに分かっているのだと思います。

分かっているのに、やめられない。やめたい気持ちと、やめたくない気持ちが、同じ胸の中に同時にある。その矛盾を抱えていること自体が、あなたを余計に追い詰めているのかもしれません。

「やめたい」と「やめられない」が同居しているのは、おかしいことではありません。それは、あなたがまだ自分を手放しきっていない、ということでもあるのかもしれません。

どちらの気持ちも、今はそのままで構いません。無理にどちらかに決めなくても、この夜を越えることはできます。

自分を責めてしまうのは、なぜなのでしょう

行為そのものよりも、そのあとに自分を責める時間のほうが苦しい——そう感じている方は少なくないようです。

責めてしまうのは、あなたの中に「本当はこうありたい」という願いが残っているからなのかもしれません。完全にどうでもよくなっていたら、責める気持ちすら湧かないはずです。その小さな願いを、否定する必要はありません。

とはいえ、「責めてしまう自分を責める」という連鎖は、夜が深まるほど止まらなくなります。そんなときは、頭の中だけで考え続けるより、その気持ちを誰かに向かって言葉にしてみると、少しだけ流れが変わることがあります。声に出す相手は、必ずしも身近な人でなくても構いません。

ひとりで抱えなくてもいい場所があります

アドナイ・エレ教会は、オンラインで無料の懺悔室をお開きしています。「懺悔室」という名前ですが、罪を告白する場ではありません。誰にも言えなかったことを、判定されずに話してみる場所です。

教派や信仰の有無は問いません。クリスチャンでなくても、教会に行ったことがなくても大丈夫です。これまでの過去も、今のあなたの状態も、問いません。画面越しなので、人目を気にせず、顔を見せずにお話しいただくこともできます。

私たちにできるのは、何かを解決することではなく、あなたの話を聞くことだけかもしれません。それでもよければ、いつでも扉は開いています。

「すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。」

(出典:マタイによる福音書 11:28・口語訳)

このことばは、「がんばりなさい」とは言っていません。重荷を負ったまま、そのまま来ていい、と言っています。あなたが今抱えているものを、降ろせと急かすつもりはありません。抱えたままで、来ていいのです。

答えはなくても、話を聞くことはできます

今夜すぐに何かが変わるとは、約束できません。明るい結論で締めくくることもしません。あなたは「希望はある」と言われたくて検索したのではないと思うからです。

ただ、ひとつだけ。眠れない夜に、責める気持ちでいっぱいになったとき、その気持ちを置きにくる場所がある、ということだけ覚えておいてもらえたらと思います。話を聞いてほしいだけ、というのでも構いません。

※「死にたい」「消えてしまいたい」など命に関わるお気持ちがあるときは、専門の相談窓口へ連絡することも大切です。よりそいホットライン 0120-279-338(24時間・無料)いのちの電話 0570-783-556 など、公的な相談窓口もあわせてご利用ください。教会はその上で、心の支え・対話の場として並走します。

✚ 話を聞いてほしいだけでも歓迎です

アドナイ・エレ教会はオンラインで無料の懺悔室をお開きしています。
教派・信仰の有無は問いません。教会へ来られない方も、画面越しでお話しできます。

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