「消えたい」と思う。でも、死にたいわけではない。
その二つが自分の中でどう違うのか、うまく説明できないまま、夜だけが進んでいく——そんな時間を過ごしていませんか。
誰かに言えば心配させてしまう。かといって、何も言わないまま放っておかれるのもつらい。だから結局、誰にも送らない下書きのまま画面を見ている。この記事は、その気持ちをなくすためのものではありません。「消えたい」と「居場所がない」が並んでいる夜について、少しだけ言葉を置いていきます。
「消えたい」と「死にたい」は、同じ言葉ではない
「消えたい」は、しばしば「死にたい」と同じものとして受け取られます。けれど、実際に語られる中身は少し違うことが多いように思います。
✚ 今日の自分を、なかったことにしたい
✚ 誰の記憶からも、静かに抜けてしまいたい
✚ 明日、自分を探す人がいない場所にいたい
終わりにしたいのではなく、この場から自分の存在だけを引き算したい。そういう形の「消えたい」があります。
やっかいなのは、「死にたいわけじゃないんです」と言った瞬間に話が終わってしまうことです。深刻ではないと受け取られて、それ以上は聞かれない。重すぎて言えないのに、軽く扱われると行き場がなくなる。その挟まれ方は、それ自体がしんどいことだと思います。
もちろん、「消えたい」と「死にたい」が同じ夜に並んでいることもあります。そちらの感覚のほうが近い方は、「死にたい」と「死にたくない」が同時にあるあなたへを開いてみてください。どちらが正しい、という話ではありません。
「居場所がない」と感じるとき、何が起きているのか
席はあるのに、自分の席ではない気がする
家にも、職場にも、教室にも、物理的な席はある。誰かに追い出されたわけでもない。それでも、そこに自分を置いておく理由が見つからない——そういう状態を「居場所がない」と呼ぶことがあります。
自分がいなくなっても、明日は同じ形で回る気がする。むしろ少し楽になる人がいるのではないか、とまで考えてしまう。人がいないのではなく、人はいるのに自分の分の場所がない、という感覚です。
迷惑をかけている気がして、自分から先に離れる
誘われても断る。既読をつけないまま置いておく。会話に入りかけて、途中でやめる。
先に離れておけば、いつか外されるより痛くない。そうやって距離を取ってきた方に、「もっと人を頼っていい」とは言いません。頼らずに済ませてきたやり方には、たいてい理由があります。ただ、その方法で守ってきたぶん、距離が縮まる機会も少なくなっていきます。それに気づいているぶん、よけいにしんどいのかもしれません。
「甘えているだけかもしれない」と考えてしまう方もいます。そう思ってしまうこと自体は、止められません。ただ、甘えかどうかを判定してから相談する必要は、ありません。判定は、こちらでもしません。
聖書にも「わたしをかえりみる人はありません」と書いてある
教会の話をする前に、聖書に残っている言葉をひとつだけ引きます。
「わたしは右の方に目を注いで見回したが、わたしに心をとめる者はひとりもありません。わたしには避け所がなく、わたしをかえりみる人はありません。」
(出典:詩篇 142:4・口語訳)
この詩には「ダビデがほら穴にいた時によんだ」という説明が付いています。人目のない場所に隠れていた人の言葉として、そのまま残されています。
ここで言いたいのは、聖書を読めば楽になる、ということではありません。「自分をかえりみる人はいない」という言葉が、そのままの形で残されているということです。「そう感じるのは間違いだ」と書き足されてはいません。この詩がこのあとどう続くかは、読む人によって受け取り方が違うと思います。少なくとも、そういう夜があること自体は、なかったことにされていません。
今夜、してもいいこと
前向きになる必要も、気持ちを整理する必要もありません。できそうなものがあれば、というくらいで読んでみてください。
✚ 消えたい気持ちを、消そうとしないでおく
✚ 誰にも送らない前提で、一行だけ書いてみる
✚ 話す相手を、事情を知っている人以外にしてみる
三つめの「事情を知っている人以外」にあたる場として、アドナイ・エレ教会は懺悔室を開いています。教会自身の文章では、こう説明されています。
「懺悔室は、裁きの場所ではなく…神の憐れみが流れ出す場所です。」
「本名はお伝えいただかなくても大丈夫です」(出典:アドナイ・エレ教会 公式サイト「懺悔室」ページ)
オンラインの教会なので、画面越しに話せます。相談は無料です。教派も、これまでの過去も問いません。信仰がなくても構いません。
ひとつだけ、先にお伝えしておきます。申請フォームには、名前・メールアドレス・電話番号の欄があり、いずれも必須です。名乗らないまま送れる仕組みではありません。開いてから戸惑わないように、ここで書いておきます。そのうえで名前の欄については、教会が上の引用のとおり案内しています。
「懺悔内容」の欄のほうは、整っていなくても大丈夫です。書き出しの一行だけで止まってしまっても、そのまま送れます。
送ったあとで気が変わっても構いません。教会から連絡が届いてから、やっぱり今は難しい、とお返事しても差し支えありません。送信したことで、その先が決まってしまうわけではありません。何をする場所なのかをもう少し知ってから決めたい方は、教会に行ったことがなくて怖い方へ|無料の懺悔室では何をするのかに流れを書いています。夜だけが長く感じる、という方は眠れない夜にひとりで抱えているあなたへも、よければ。
今夜これを読んで、何かが変わるとは思っていません。消えたい気持ちも、たぶん明日も同じ場所にあります。それでも、その気持ちを持ったまま話せる相手がひとりいる、という状態には、なれるかもしれません。
※「死にたい」「消えてしまいたい」など命に関わるお悩みは、専門の相談窓口へ連絡することも大切です。よりそいホットライン 0120-279-338(24時間・無料)、いのちの電話 0570-783-556 など、公的な相談窓口もあわせてご利用ください。教会はその上で、心の支え・対話の場として並走します。
✚ 話を聞いてほしいだけでも歓迎です
アドナイ・エレ教会はオンラインで無料の懺悔室をお開きしています。
教派・信仰の有無は問いません。教会へ来られない方も、画面越しでお話しできます。
活動を支えてくださる方は献金・寄付のページもご覧ください
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