神さまなんて、信じていない。教会にも行ったことがない。
それなのに、どうしようもない夜に、気づくと心の中で「お願いします」とつぶやいている。誰に向かって言っているのか、自分でも分からないまま。
そのあとで、少し恥ずかしくなる。信じてもいないのに、困ったときだけ祈るなんて、ずるいんじゃないか。そもそも、祈り方も知らない。そんな迷いを抱えたままの方に、聖書の言葉と、アドナイ・エレ教会のページに置かれている祈りの言葉を紹介します。
信じていないのに祈るのは、失礼なこと?
祈りたくなったのに、手が止まる。その理由は、人によって少しずつ違うかもしれません。
- 都合のいいときだけ頼るのは、虫がいい気がする
- 信じていない自分の祈りは、嘘になる気がする
- ちゃんとした作法を知らないから、間違えそうでこわい
どれも、祈りを軽く扱っていないからこそ出てくる迷いだと思います。どうでもいいことなら、「失礼かどうか」まで考えることは、あまりないのではないでしょうか。
信じていない人が祈っていいのかどうか。その答えを、一つに決めることはしません。ただ、迷ったまま祈ろうとしている人は、聖書の中にも出てきます。
「信じます」と「不信仰」が、同じ口から出てきた人
新約聖書のマルコによる福音書に、子どものことで必死になっていた父親が、イエスに助けを求める場面があります。そのとき、父親はこう叫んだと書かれています。
「信じます。不信仰なわたしを、お助けください」。
(出典:マルコによる福音書 9:24・口語訳)
「信じます」と言ったすぐあとに、自分のことを「不信仰なわたし」と呼んでいます。信じきれていないことを、隠さずにそのまま口にしている。
この場面をどう読むかは、人によっても、教派によっても違います。ただ、信じる気持ちと信じきれない気持ちが一つの言葉の中に同時に入っている祈りが、聖書に残されている。そのことだけ、ここに置いておきます。
祈り方がわからないとき、言葉は必要?
「どう祈ればいいのか分からない」という戸惑いも、聖書の中に書かれています。新約聖書のローマ人への手紙には、こういう一文があります。
「わたしたちはどう祈ったらよいかわからないが、御霊みずから、言葉にあらわせない切なるうめきをもって、わたしたちのためにとりなして下さるからである。」
(出典:ローマ人への手紙 8:26 より・口語訳)
ここに出てくる「御霊」が何をするのかについては、教会ごとに説明の仕方があり、どれか一つに決めることはしません。ただ、手紙を書いた側も「どう祈ったらよいかわからない」と書いている。祈り方が分からないのは、教会の外にいる人だけの話ではないのかもしれません。
アドナイ・エレ教会の活動内容のページには、祈祷会とあわせて「観想の時間」が紹介されていて、こう書かれています。
「観想の時間は、言葉の祈りよりも静寂の中で神を感じる祈りです。」
(出典:アドナイ・エレ教会「活動内容」ページ)
同じページには、その中身として「静かに座る」「呼吸を整える」「神の臨在を感じる」「心を神に向ける」が並んでいます。教会自身が、言葉を中心にしない祈りがあることを書いている、ということです。
うまい言葉が見つからない夜に、無理に文章を組み立てなくてもいいのかもしれません。言葉が出てこないまま、静かにしている時間があってもいいのかもしれません。
「祈っても意味ない」と思ったままでもいい?
祈ったところで、何かが変わるとは思えない。そう感じている方もいると思います。
祈りに意味があるのかどうかを、証明することはできません。「祈れば状況が良くなる」とお約束することもしません。
「意味ないかもしれない」と思いながら、それでも祈りたくなる夜があるなら、その両方を抱えたままでいい。疑っている気持ちを、先に片づけなくても構いません。祈らないと決めるのも、もちろん自由です。
自分で祈れない夜に、教会のページにある祈りの言葉
アドナイ・エレ教会の懺悔室のページには、《祈り》という見出しで、祈りの言葉が載っています。その祈りは、こう始まります。
「私は貴方の為に祈ろう…」
(出典:アドナイ・エレ教会「懺悔室」ページ)
読む人が祈る言葉ではなく、教会の側が「貴方の為に」祈る言葉として書かれています。同じ祈りの後半には、次の二行もあります。
「汝が信仰する神がいるのなら汝の魂に安息を与えん事を…」
「もし居ないのなら神が汝を神の庭の端まで導かん事を…」(出典:アドナイ・エレ教会「懺悔室」ページ)
信仰する神がいる場合のことも、いない場合のことも、どちらも祈りの言葉の中にあります。
懺悔室には、オンラインで申し込めます。相談は無料です。キリスト教を信じていなくても、どの教派とも関わりがなくても、これまでに何があった人でも、申し込むことができます。懺悔室のページには、「牧師が祈りとともに導きます」とも書かれています。
申し込みは、懺悔室ページの「申請はこちらから」から開くフォームで行います。*印が付いているのは、名前・メールアドレス・電話番号・懺悔内容の4つで、電話番号も入力が必要です。懺悔内容の欄に何をどう書くかについて、フォームに決まった形は示されていません。「祈り方がわからない」という迷いから書き始めることもできます。
また、活動内容のページでは、牧師による個別相談で受けている相談の例として、「信仰の葛藤」や「祈りを通した霊的サポート」が挙げられています。個別相談の費用や申し込み方法はページに書かれていないので、気になる方はお問い合わせフォームからたずねるのが確実です。
懺悔室で実際にどんな流れになるのかは教会に行ったことがなくて怖い方へに、信仰がないまま教会に相談してもいいのかは信仰なしOKの理由のページにあります。祈りたくなるのが決まって眠れない夜だという方には、眠れない夜にひとりで抱えているあなたへというページもあります。
祈るかどうかは、今夜決めなくても構いません。心の中でつぶやいた「お願いします」が誰に届いたのかも、分からないままでいい。分からないまま、もう少し迷っていても大丈夫です。
※「死にたい」「消えてしまいたい」など命に関わるお悩みは、専門の相談窓口へ連絡することも大切です。よりそいホットライン 0120-279-338(24時間・無料)、いのちの電話 0570-783-556 など、公的な相談窓口もあわせてご利用ください。教会はその上で、心の支え・対話の場として並走します。
✚ 話を聞いてほしいだけでも歓迎です
アドナイ・エレ教会はオンラインで無料の懺悔室を開いています。
教派・信仰の有無は問いません。教会へ来られない方も、画面越しでお話しできます。
活動を支えてくださる方は献金・寄付のページもご覧ください
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